脱・東京計画〜3児ワーママ移住ログ〜

より楽しく生きるために、移住も含めて暮らし方を模索している3児ワーママの生きる知恵を発信。

90年台後半、「東京でしかできないこと」はたくさんあった。今は、「東京ではできないこと」が魅力的になってしまった

「東京でしかできないこと」を求め、札幌から上京

私が「移住したい移住したい」と騒いでいると、夫から「そもそもなんで、札幌から上京したの?」と突っ込まれた。ごもっともである。

私は中学高校と札幌で過ごし、大学進学を機に上京してきた。

どうしても入りたい大学があったから…などという崇高な目的はなく、上京が目的だった。

札幌の住人の「札幌大好き!東京なんて、住む意味がわからない」という内向きな意識にも大変反感を持っていた(余談だが、北海道民は本州など北海道外のことを「内地」と呼ぶ。大人も子どもも普通に使っている。札幌をある程度都会化された場所だと思っていた私は、札幌への転居当時、微妙に残る閉鎖的な空気や東京に対する対抗意識にびっくりした)

将来的に、「マスコミに関わる仕事がしたい」とミーハー的に思っていたことも、上京欲を刺激した。

インターネットもさかんじゃなかった時代(win95発売から3年…といった頃だ)、何かを発信する側にいきたい、と思ったら、「東京でマスコミの仕事に関わる」くらいしか手立てがないように思えた。

中学だか高校の進路相談のときに担任に言われた言葉、「文系で北大入ってもねぇ…ニトリセイコーマート六花亭くらいしか就職先、ないよ?」もずっと尾をひいていた(※あくまでもこのときの担任の意見です)(※北大から東京の企業に入った人もたくさん知ってる)(※ニトリもセコマも六花亭も、今となっては全然優良企業なんじゃないか…?と思う)

 実際上京して、晴れて出版業界に潜りこんだ時点では、出版・編集まわりの仕事は東京近郊じゃないと物理的に厳しかった。

イラストは手描き、カメラもポジフィルムが主流で、いずれもバイク便で現物が飛び交っていた。

出版業界に限らずとも、PCはデスクトップが主流で固定席が当たり前、電話も固定電話。

スカイプスマホもあるはずもなく、メールと会議のために出社していたし、その状況に疑いも持たなかった。

仕事以外の面でも、東京じゃないと食べられないもの、買えないもの、見れないものがいっぱいあった。

「お取り寄せ」なんて概念もない頃は、なんでも集まる東京にはそれだけで価値があったし、1点もののカワイイ雑貨…なんてものも、そこに足を運ばなくては買えなかったのだ。

状況の変化とともに、「東京の価値」は薄れていった

それが気づけば現代。

今更書きたてるまでもなく、私たちをとりまく状況は一変した。

PCさえ、いやスマホさえあれば、全国の美味しいもの・珍しいものを手に入れられる。

あらゆるツールやソフトが安価、もしくはフリーで手に入れられるようになり、インフラも整い、ノートPCがあればほとんどの仕事がどこでもできるようになった。

「情報やモノが集まること」が東京の存在価値の1つだったが、その価値は失われてしまった。

逆に、「採れたてのものを時間をおかずに食べる」とか、「その場に行かないと出会えないものを、五感で体験する」などの方が価値が高くなってきたと感じている。

映像でも音楽でも、たくさんのものがデータとして家で楽しめるようになったけど、塩でベタベタになりながら海で遊ぶとか、新緑の匂いと風を感じながら川遊びするとかは、絶対そこに行かなければできない。当たり前だけど。

もちろん、「東京の方がやりやすいこと」はいっぱいある。

アートを体験したいのであれば、東京の方が施設やイベントが多いことは言わずもがなだし。

人が多い分、面白い人に会えるチャンスも多く、会いたい人にも会いに行きやすい。

文化的チャンスに重きを置く人には東京はまだまだフィットするんだと思う。

しかし…残念ながら私たち夫婦は、あまりそこに価値を置いてないのだった…。

アートもライブも、興味がないわけではないけれど、複数の幼児を連れて人混みの中並んでまで体験するかと言えば、答えはノーだ。行って帰ってくるまでに、何度周囲の人に謝り、何度子どもを注意するんだろう…などと想像しながらカウントするだけで疲れて、わずかな意欲もなくなる。

むしろそれよりも、広い場所で子どもを放牧しながら、肉を焼いたり水あそびしたり、葉っぱの緑を目に焼き付けたい。

 

仕事も、案件自体は大きさと量を追求するのではなく、小さくとも深く、質の高いものをきっちりやって行きたいのだ。

そしてそれは、スピードが一番の正義とされる東京ではなく、地方の方にあるのではないかと思っている。これはまだ印象だけれど…。

19歳のときは確かに、環境も自分の意識も、東京にフィットしていたのだ。

それから20年近く経った今、東京とのズレを感じるようになってきた。それだけなのだ。